「タイムマシンとは何か。簡単だ。過去へ行けば過去の自分に会える。そこで過去の自分を殺せばタイムパラドクスが起こる。未来へ行けば未来の自分に会える。そこで未来の自分が私を殺せば、タイムパラドクスが起こる。つまり――」男は言った。
「タイムマシンとはそのような装置だ」
「それで、今回の発明というわけですね」
「そう。長い間タイムマシンが発明されなかったのは、何もそんなパラドクスのせいではない。パラドクスは予測される結果であり、原因ではないのだ」
男は、遠くを見るような目をして、煙草をくわえた。おれがライターを差しだす。重い沈黙。瞑目し、難しい顔をして男は言った。
「タイムマシンを作れないのは、予算が足りなかったからだ」
おれのシャープペンシルの芯が折れた。
「予算さえあれば、理論的にタイムマシンは可能だ。過去や未来へ行くには莫大なエネルギーが必要なのだ。試算してみると1グラムを1分間移動させるだけで国家予算の倍は必要だった。タイムマシンを作っても動かなければ意味がない……そう思い、なかば諦めかけようとしていたとき、私に天啓が下った」おれは息を飲んだ。
「なぜ誰も気がつかなかったのだろう。簡単なことだ。わかるかね。動かないタイムマシンを作ればよかったのだ。動かないならエネルギーは必要ない。よって、予算も要らない」
「しかし――」おれは言った。「私にはまだ良くわからないのですが、それにはどんな働きがあるのでしょう」
「よく考えてみたまえ。タイムマシンの働きはさっき説明したね。過去へ行けば過去の自分に会える。未来へ行けば未来の自分に会える。したがって、タイムマシンで現在に行けば――」
「まさか…」
「現在の自分に会える」
おれは感動してため息をついた。男は続けた。
「それに気が付けば、後は簡単だった。製作には1週間もかからなかった。いつか来る日のために準備していた材料が半分余ったくらいだ。ほら、そのカーテンの後ろに――」おれは振向いた。カーテンがある。
「めくってみたまえ」おれの手はすでにカーテンの裾を握っていた。興奮していたのだろう、男が立ちあがったのに気が付かなかった。鈍い衝撃があり、おれは気を失った。
目が覚めたのは「いかにも」という形をしたカプセルの中だった。男が背を向け、何かパネルを操作しているのが見える。体中を悪寒が走った。おれは現在の自分などという、わけの分らないものに会うのは嫌だ、ここから出してくれ!
男が振向いた。満面の笑み。――おれだった。
ラベル:短い話