2013年01月06日

生物の世界

答えはひとつではない。答えはひとつしかない。どちらが正しいのだろう。

何かを表現する。
自分と他の人とが全く同じだと考えてみる。
自分と他の人が全く違うのだと考えてみる。
どちらにしてもその表現の自分に対する意味は残る。

表現をすると自分がズレる。
自分と他の人とが全く同じだとすれば、発表でそれを伝えることができる。
自分と他の人が全く違うのだとすれば、
他の人の反応を次の表現に影響させることができる。
冒険だ。でも言葉は聞えなくても声なら聞えそうだ。意味は分らなくても。

他の人と違うところ。他の人と同じところ。
反対のものが自分の両輪になる気がする。

他の人の表現を受取るときいろんなことを感じる。
思ったり考えたりもする。
僕がつまずいている石の向こう側だとか、手前だなとか、
たとえばそんなことを思ったりして。
後で買いかぶったとか見くびったとか思って恥かしくなったりして。

いろんな種類の生物がいる。生物の形は豊かだ。
あれが全部何かの意味で世界に適応しているかと思うと、勇気がわいてくる。


posted by みずすまし at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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